冬の蜃気楼 (年頭にあたって)

〜 地方政治家のひとりごと 〜

 総選挙で自民党が大勝した。選挙戦を振り返りながら、いわゆる「40日抗争」の末の出直し選挙を想い出した。私が県議会議員に初当選した昭和54年である。
 この選挙中に壮絶な最後を遂げた故大平正芳氏は、「楕円の哲学」が持論であった。自著「風塵雑俎(ふうじんざっそ)」の中でも、ものごとは楕円のように2つの中心を持ち、両者が均衡を保つ関係が理想だとして、「政府が引っ張り、唯々諾々と着いていくような国民は、たいしたことを成し遂げられない。政府に不満を持ち、政府に抵抗する民族であって、はじめて本当に政府と一緒に苦労して、次の時代をつくれる。」と述べている。
 国民を信頼しているのである。3年半前、民主党に政権を委ねた国民が再び自民党に執政を託したのは、「楕円の哲学」を実践する均衡のとれた賢明な判断であろう。
 とは言え、政権を奪還しただけでは何も解決はしない。中国や韓国との領土問題、北朝鮮の核開発、日米安保体制の維持などへの対処やアジアの発展途上国が抱える課題への貢献に、いかにリーダーシップを発揮するかが問われている。
 現在の国際社会においては、一国平和主義が成り立つものではない。我が国には、国力をさらに充実させ、誇りを持って偏狭な圧力に屈せず、世界の国々と協調して、繁栄と平和な未来を築く強い決意が求められる。
 その前提条件としても、内政の安定が重要である。超高齢社会を支える社会保障制度の見直し、1000兆円を超える長期債務の解消、円高・デフレの克服、東日本大震災の復興など、予断を許さない状況に直面し、自民党の新内閣には、時代のダイナミズムに即応した新たな成長の基盤づくりが求められている。
 我々は大変革の時代に生きていることを忘れてはならない。次の世代に豊かな生活環境を遺すには、未来を予測し現状を変革する姿勢が不可欠であろう。子孫が未来の社会で豊かに生活することができるか。それとも前の世代を怨みながら生きていくかは、今の我々の政策選択に委ねられていると言っても過言ではない。
 そのためには、日頃の研鑽によって先人の教えから次を読む力を養う、歴史を教訓とし未来を予測する訓練が、政治を担う者にとって重要である。
 2013年以降の世界はどうなるだろうか。1年以内に起こりうる社会経済の様々な事象は、ある程度の精度で予測できるが、数年後はどうか、更に10年、20年先の世界の姿を予言することは極めて難しい。
 人類の未来を予言する「21世紀の歴史」を読了した。ミッテラン仏大統領の特別補佐官を務め、EU統一の青写真を描き、世界金融危機を予言したジャック・アタリの著書である。 
 知の巨人とも呼ばれる文明評論家のアタリ氏は、こう予言する。
 『文明の夜明けとともに登場した「市場経済とデモクラシー」が、今も我々の生活を動かしている。仮にこの仕組みが数10年継続すれば、グローバル化した市場は国をも凌駕し、独裁者が君臨する国家は消えて、米国による世界支配も崩壊する。
 その結果、社会は不安定に陥り不公正がはびこり、反動から様々な暴力や勢力争いをめぐって、水・エネルギー・食糧などの資源の争奪戦による地域紛争が勃発し、貧困を逃れるための世界的な民族大移動が始まる。』と。
 我々は、この予言をどう受け止め、未来に向けてどう対処すればよいのか。
 かつて人々は、未来は自分たちが生きる時代の延長であると考えていたが、18世紀末に登場した蒸気機関は産業革命を起し、19世紀末の電灯の発明は現代のテクノロジーへの道を拓いた。単なる見せ物に過ぎないと軽視されていた発明が、人々の生活様式や経済社会の構造を激変させる原動力になるとは、当初全く予想すらされなかったのである。
 1980年代以降、急速に発展した情報通信技術によるIT革命と市場のグローバル化によって世界中が結ばれた。様々な主体が相互依存することで、科学的発見や技術進歩も経済やデモクラシーに影響を及ぼし、国際社会に新たな方向性をもたらす。独裁国家が崩壊しつつある「アラブの春」は、1つの予兆であろう。
 アジアではどうか。北朝鮮の独裁体制は瓦解するのか。その時に、水やエネルギーや食糧資源の争奪をめぐって地域紛争が起こり、難民が列島に流入するのか。領土問題をめぐる対立や日米安保の枠組みの崩壊、北朝鮮の核兵器使用などの最悪の事態が起これば、アタリ氏の予言は即座に現実のものになるだろう。
 逆に、日中韓の関係が安定して北朝鮮がデモクラシーを基とする国家となり、人類が新たな代替エネルギーを獲得できたような場合、アジアは極めて平穏で豊穣な地域となろう。
 未来には無数の選択肢がある。予言を信じて特別な方向に未来を誘導するよりは、先賢の予言を警鐘と受け止め、歴史的教訓や科学的根拠に基づく予測によって、怠りなく未来に向けた準備を為すべきである。
 政治に求められるのは、何がどうなるのかという未来予測だけではない。その予測に対して、どのような尺度をあてはめ、何をどうするのかが問われるのである。今そこにある危機的状況に対処し、経済社会の構造変革に向けて、10年、20年先を見越した道筋をつけていかなければならない。

平成25年 正月