「希望と安心」をお届けします。
永年の信頼にお応えし、明日への希望が持てる、安心できる社会を実現します。
地域の課題解決に、力の限り取り組んで参ります。
皆様のご要望やご希望が県政に反映されるよう、このサイトがお役に立てれば幸いです。
ご支援とご協力を心からお願い申し上げます。
初春を迎え、山野に命の萌えいずる季節を目前にし、同時に一作年誕生した安倍内閣が懸案の諸課題に積極的に取り組む姿勢にも日本再生への新鮮な息吹が感じられます。
先進国の一翼を担う日本の立場を主張する態度も明確であり、内外に対するリーダーシップが期待される一方、産業経済の分野においては、国際競争力の低迷が深刻な課題となっております。
公共インフラが、人、モノ、情報を運び、経済の足腰を強めることが世界に伍していく力の源になるにもかかわらず、かつて国際化という言葉が頻繁に活字として登場して以来、我が国では全ての公共事業が縮小してしまいました。
その間、諸外国は競って社会基盤整備に取り組んでいたのです。
英国の元首相ブレアは「我が国の交通基盤整備は何十年も過少投資が続き、国民が損害を被った」と提唱し、総合的な交通システム整備に向け75%も予算増額を行いました。
米国のブッシュ政権も、信頼できる交通システムが経済の発展のカギであるとし、予算の集中投資をして国力の増強を図りました。
こうした姿勢は、英米の現政権にも確実に受け継がれ、アジア諸国も同様に長期的なビジョンのもとに基盤整備を進めています。
この結果、日本は製造業において中国に大きく水を空けられ、空港や港湾などの国際的な交通・流通機能ではシンガポールや釜山の後塵を拝しております。
まるで競争から脱落するかのような我が国の状況を何が生み出したのでしょうか。
先賢は「安くして危うきを忘れず、治にして乱を忘れず」と君子の心得を示しています。
常に危機意識を持ち、将来を見通して着実に先手を打っておくのが政治の果たすべき役割であり、かつてジャパンアズナンバーワンと賞賛された輝きを少しでも取り戻すことが急務であります。
広島においても、十年余の空白により風前の灯となった地域発展のエネルギーを呼び覚まして、一刻も早く内外に存在感の示せる復活の道を目指し若者が誇りを持てるような郷土の明日を拓いていかなければなりません。
年頭謹白
本年の皆様のご健勝とご多幸を心から祈念いたします。
平成26年元旦
2014年1月21日
〜 地方政治家のひとりごと 〜
安倍政権が発足して半年経った。デフレ脱却と経済の再生に向けて、徐々にアベノミクスの成果が見え始めている。外交上の懸案にも積極的に取り組み、総理のリーダーシップに期待する声は高い。内憂外患の中での船出は、順風満帆とまではいかないが、今のところ順調に見える。
では、総理が掲げている「日本を取り戻す」とは、どういう意味なのか。自民党の公約には、経済、教育、外交、暮らしの4つの再生の向こうに、みんなで新しい日本をつくろうと記されている。向こうにとは、目標として掲げるという意味である。
ジャパンアズナンバーワンと言われた経済繁栄を再現して、国際社会でのプレゼンスを高め、人づくりと国民生活の安定に尽くした末に取り戻す日本とは何なのか。
私は、日本的な精神や伝統文化の恢復が最大の目標だと考えている。日本人の美徳として、まず挙げられるのは勤勉さであろう。勤勉さの要諦は鍛錬と節制にある。日本の四季の移ろいや花鳥風月は優美な感性を育み、清貧の中でも心豊かに暮らす衣食住の工夫や匠の技を生んだ。これが日本らしい伝統文化の真髄である。
労せずして得る習慣は、智恵と工夫を失わせる。大河ドラマに取り上げられている新渡戸稲造が、名著『武士道』の中で「富は智恵を妨げる」と記しているように、武士は、節制や鍛錬によって、「足るを知り、恥を知る」品格を養ったのである。
前政権の政策は、人気取りのあまり国民に刹那の利益を与え、将来への夢を描けなくなっている。次代を担う高い志は、清貧で懐の深い土壌で培われるのだ。
平和と繁栄のうちに半世紀以上を過ごした国民の事なかれ主義や愛国心の欠如が外交姿勢にも投影されている。競争を避け議論を棚上げにし、平和と安全は只だという誤解に陥っている。国際社会での日本の存在感の希薄さは、米ソ中などの大国が、頭越しに外交を展開する現状に如実に表われている。
先進国と協調しつつ、新興国が抱える課題処理に汗をかくことで貢献しなければ、国際社会からの信頼は勝ち取れない。鍛錬によって蓄えた力を発揮してこそ、たくましい国家として内外から信頼され、自立と発展が促されるのである。
たくましく誇りある日本を取り戻すために、憲法を見直す必要があれば、改正を議論の俎上に挙げることも考えられよう。内容の是非は十二分に論議すべきであるが、長年にわたり棚上げされた改革に、果敢に取り組む姿勢は評価されてよかろう。
大日本帝国憲法は「不磨の大典」と称され、全く改正されなかったが、ただ一度の改正手続きによって公布されたのが現在の日本国憲法である。GHQの影響下で極めて短期間で草案が策定された事実への批判もある。だからといって、内容が粗雑だという訳ではない。柱となる国民主権、基本的人権と恒久平和主義が、戦後の我が国の目を見張るような発展を支えた事実は否定しようがない。
憲法改正は、決して中央政府だけの課題ではない。地方は世界に直結しており、国政も地方行政もユニバーサルに展開されなければならない。これまでの地域政策は、ほとんど国の政策に追随してきたが、地方は、自らの周囲だけを見る近視眼的な政策に傾斜してはならない。
歴代総理の思想的支柱であった安岡正篤は、一つ、目先に捉われず、できるだけ長い目で見る。二つ、物事の一面に捉われず、できるだけ多面的に見る。三つ、枝葉末節に捉われず、根本的に考える。という思考の三原則に依って重要な問題を考えよと述べている。
経済、教育、外交、暮らしの再生の向こうにある新しい日本をみんなでつくるとは、国と地方と国民一人ひとりが一緒に考え、力を合わせて新たな国の枠組みをつくるという意味である。
安保体制や集団的自衛権の問題は、日本各地に点在する基地のあり方に関係するし、領土や領海の問題は、地下資源や漁業の将来性にも関係してくる。憲法の定める国家の枠組みは、地域の様々な営みの向こうにあるのだ。
地域社会に生きる我々にとって日本を取り戻すとは、佳きふるさとを取り戻すということである。平成の合併によって失われたふるさとを再生するために、行政も議会も連携を密にし、長期的な視点から政策選択を行う姿勢が求められている。
特に、ここ広島の地は、国際平和と安定のために尽くす責務がある。ふるさと広島で育まれ、世界に通用する人材が、伝統文化を継承して地域の品格を形成し、新しい日本をつくってくれるものと信じている。
2013年6月20日
〜 地方政治家のひとりごと 〜
総選挙で自民党が大勝した。選挙戦を振り返りながら、いわゆる「40日抗争」の末の出直し選挙を想い出した。私が県議会議員に初当選した昭和54年である。
この選挙中に壮絶な最後を遂げた故大平正芳氏は、「楕円の哲学」が持論であった。自著「風塵雑俎(ふうじんざっそ)」の中でも、ものごとは楕円のように2つの中心を持ち、両者が均衡を保つ関係が理想だとして、「政府が引っ張り、唯々諾々と着いていくような国民は、たいしたことを成し遂げられない。政府に不満を持ち、政府に抵抗する民族であって、はじめて本当に政府と一緒に苦労して、次の時代をつくれる。」と述べている。
国民を信頼しているのである。3年半前、民主党に政権を委ねた国民が再び自民党に執政を託したのは、「楕円の哲学」を実践する均衡のとれた賢明な判断であろう。
とは言え、政権を奪還しただけでは何も解決はしない。中国や韓国との領土問題、北朝鮮の核開発、日米安保体制の維持などへの対処やアジアの発展途上国が抱える課題への貢献に、いかにリーダーシップを発揮するかが問われている。
現在の国際社会においては、一国平和主義が成り立つものではない。我が国には、国力をさらに充実させ、誇りを持って偏狭な圧力に屈せず、世界の国々と協調して、繁栄と平和な未来を築く強い決意が求められる。
その前提条件としても、内政の安定が重要である。超高齢社会を支える社会保障制度の見直し、1000兆円を超える長期債務の解消、円高・デフレの克服、東日本大震災の復興など、予断を許さない状況に直面し、自民党の新内閣には、時代のダイナミズムに即応した新たな成長の基盤づくりが求められている。
我々は大変革の時代に生きていることを忘れてはならない。次の世代に豊かな生活環境を遺すには、未来を予測し現状を変革する姿勢が不可欠であろう。子孫が未来の社会で豊かに生活することができるか。それとも前の世代を怨みながら生きていくかは、今の我々の政策選択に委ねられていると言っても過言ではない。
そのためには、日頃の研鑽によって先人の教えから次を読む力を養う、歴史を教訓とし未来を予測する訓練が、政治を担う者にとって重要である。
2013年以降の世界はどうなるだろうか。1年以内に起こりうる社会経済の様々な事象は、ある程度の精度で予測できるが、数年後はどうか、更に10年、20年先の世界の姿を予言することは極めて難しい。
人類の未来を予言する「21世紀の歴史」を読了した。ミッテラン仏大統領の特別補佐官を務め、EU統一の青写真を描き、世界金融危機を予言したジャック・アタリの著書である。
知の巨人とも呼ばれる文明評論家のアタリ氏は、こう予言する。
『文明の夜明けとともに登場した「市場経済とデモクラシー」が、今も我々の生活を動かしている。仮にこの仕組みが数10年継続すれば、グローバル化した市場は国をも凌駕し、独裁者が君臨する国家は消えて、米国による世界支配も崩壊する。
その結果、社会は不安定に陥り不公正がはびこり、反動から様々な暴力や勢力争いをめぐって、水・エネルギー・食糧などの資源の争奪戦による地域紛争が勃発し、貧困を逃れるための世界的な民族大移動が始まる。』と。
我々は、この予言をどう受け止め、未来に向けてどう対処すればよいのか。
かつて人々は、未来は自分たちが生きる時代の延長であると考えていたが、18世紀末に登場した蒸気機関は産業革命を起し、19世紀末の電灯の発明は現代のテクノロジーへの道を拓いた。単なる見せ物に過ぎないと軽視されていた発明が、人々の生活様式や経済社会の構造を激変させる原動力になるとは、当初全く予想すらされなかったのである。
1980年代以降、急速に発展した情報通信技術によるIT革命と市場のグローバル化によって世界中が結ばれた。様々な主体が相互依存することで、科学的発見や技術進歩も経済やデモクラシーに影響を及ぼし、国際社会に新たな方向性をもたらす。独裁国家が崩壊しつつある「アラブの春」は、1つの予兆であろう。
アジアではどうか。北朝鮮の独裁体制は瓦解するのか。その時に、水やエネルギーや食糧資源の争奪をめぐって地域紛争が起こり、難民が列島に流入するのか。領土問題をめぐる対立や日米安保の枠組みの崩壊、北朝鮮の核兵器使用などの最悪の事態が起これば、アタリ氏の予言は即座に現実のものになるだろう。
逆に、日中韓の関係が安定して北朝鮮がデモクラシーを基とする国家となり、人類が新たな代替エネルギーを獲得できたような場合、アジアは極めて平穏で豊穣な地域となろう。
未来には無数の選択肢がある。予言を信じて特別な方向に未来を誘導するよりは、先賢の予言を警鐘と受け止め、歴史的教訓や科学的根拠に基づく予測によって、怠りなく未来に向けた準備を為すべきである。
政治に求められるのは、何がどうなるのかという未来予測だけではない。その予測に対して、どのような尺度をあてはめ、何をどうするのかが問われるのである。今そこにある危機的状況に対処し、経済社会の構造変革に向けて、10年、20年先を見越した道筋をつけていかなければならない。
平成25年 正月
2013年1月4日
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